2019年2月3日

法事を勤めるということ


ご来店ありがとうございます。

私事ですが先日、母の二十三回忌を行いました。法事の最後に、ご住職のお話がありました。

私たちは、人が亡くなると葬儀を執り行い、そしてその後、ご法事をお勤めします。そのご法事は、お墓の前でなく、お内仏の前で行います。寺で行う場合はご本堂で勤めます。それはなぜでしようか。

人間の魂をあらわす言葉には、「魂」「魄」という字の二つがあります。どちらも「たましい」と読みますが「魂」という字は、人間の生存を司る精神的なものを、また、「魄」という字は、人間の生存を司る肉体的なものをあらわします。人が亡くなったことをよく、「大地に帰りました」と言う言葉を聞きますが、土に帰るのは、「魄」の方です。大地に帰った魄を祀るところがお墓です。しかし、人間の精神的なものを司る「魂」の方は、亡くなっても大地には帰りません。真宗では、浄土に還ると言います。その浄土をあらわしたのがお内仏であり、お寺でいえばご本尊のあるご本堂です。まずは、このことを区別していただきたいと思います。お墓というのは、亡くなった人との思い出を偲ぶところです。ですので、知らない方のお墓に参っても思い出すことは何もありません。亡くなったお父さんはいい人だった、お母さんは優しかったと、思い出を尋ねるところがお墓でしょう。お墓はお参りする方が主なのです。そして、そのことをとおして仏様の教えをいただいていくのです。

それに対してお内仏やご本堂は、こちらからの思い出をたぐるところではありませ。亡くなった方からの限りない呼びかけに遇うところです。ご法事をお墓の前でなく、お内仏の前でお勤めするという事は、亡くなった人とあらためて出遇い直すということです。亡くなった方がどういう願いで生きておられたのか、また自分にどんな願いをかけていたのか、そういうことに出遇うところでしょう。ですから、お内仏の前でご法事をするということは、こちらから亡くなった方に、「どうぞ静かにお眠りください」という、そういう行事ではないのです。また、世間では、「亡くなった人には、お経が一番の御馳走だ」などと言う方がおられますが、お経とは仏様の教えが書かれたものです。亡くなった人は迷いの根がなくなり、仏様のもとに還ったのですから、むしろお経を聞かなくてならないのは、生き残されている私たちなのです。南無阿弥陀仏もそうです。呪文でもなければ、泣き方に向けて称えるのでもなく、仏様が私たちに「助かって下さい」と呼びかけているのです。その呼びかけに応答するのがお念仏でしょう。つまり、ご法事をお内仏の前で勤めるのは、亡き人からの願いに遇い、また仏様の教えやその呼びかけに出遇う、大切なご縁なのです。というお話を聞き法事について考えさせられましたので、知らないことが多くあり、ブログに書いてしまいました。

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